The library of ruinsの愁さんから頂いた短編小説です。
だくぷら初頂き物!愁さん大感謝!(* ̄▽ ̄)ァゥァゥァ〜
世界は、多分誰にだって優しくなんかしてくれない。
だから、誰もがこの世界で必死にもがき苦しみながら生きている。
でも、もしそれに疲れたら? 全てが嫌になったら、貴方はどうしますか?
そんな貴方の悩み、私たちに相談してみませんか?
貴方の悩み、私たちが解決して差し上げます。最良の方法で。
「所長! なんですかこの広告は。書いてあることと実際の仕事の内容、違うじゃないですか」
お昼過ぎ、まだ事務所を開けて間もない時間だったが、一人の男が駆け込んできた。
なにやら大きな声で文句を言っているようだったので、本日一人目の客がクレームとは、幸先悪いなと思っていたのだが、よく見るとそれはウチの唯一の所員である、直紀君だった。
まだ高校を卒業したばかりの若い子なのだが、進学が嫌という理由で就職を選んだらしい。
それでも、まっとうな企業では採用されなかったらしく、ウチに来たという訳だ。
ウチの事務所は、いわゆる裏の仕事というものを扱っているのだが、どこでウチのことを知ったのかはいまだに疑問である。
蛇の道は蛇ということだろうか。それにしても・・・
「おはよう、直紀君。朝っぱらから所員がクレームとは、穏やかじゃないね。それに、広告に嘘なんて書いてないよ」
「嘘じゃないですか! うちの事務所は自殺の代行でしょう? 悩み相談なんてやってるところ、俺は見たことありませんよ」
「普段の仕事見てるじゃない。自殺の悩み、解決してるでしょ? しかも最良の方法で。ほら、広告のとおりじゃない」
僕のセリフに、直貴君は絶句している。
まったく、何で最近の若い子はこんな細かいことを気にするのだろうか。
事務所の仕事は詐欺よりひどいことをやっているというのに、それについては何も言わない。
今更詐欺の一つや二つ増えたところで、どうってことないのに。
そんなことを考えながら、目の前の書類に目を通す。
今月も後半に入ったが、未だに依頼人はゼロだ。他にも仕事は持っているとは言え、やはり気持ちのいいものではない。
それに、このままでは・・・
「所長、そういえば今日は給料日なんですけど、ちゃんと払ってくれるんですか? 今月は依頼人まだいないみたいですけど」
想像していたことを急に言われたので、危うく傍らのコーヒーをこぼしそうになってしまった。
この子は読心術でも使えるのだろうか。あまりにもタイミングが良すぎる。
出来る限り平静を装うために、コーヒーを啜る。
冷えていて、不味い。
「直紀君、コーヒー淹れて」
「所長、給料」
どうやら、仕事より先に給料の話をしたいらしい。
それもそうか、生活がかかっているわけだし。
僕にとっては、仕事がコーヒーを淹れることだというほうが問題なのだが。
「給料の件は心配しなくても大丈夫だよ。それぐらいの収入はあるからね。これでも裏社会の人間だからね。事務所以外の収入だってあるんだよ」
その言葉を聞いて直紀君も安心したらしく、目つきの悪さがいつも通りに戻っている。
「よかったあ、これで今月も何とか食べていけますよ。ああ、コーヒーですね。ちょっと待っててください。すぐに淹れてきますから」
そういって足取り軽く去っていく。
この変わり身の早さには、いつも驚かされる。
人々が現金な性格をしているのは、いつの時代も同じということだろうか。
それにしても、彼が来て以来、『最近の若い子』という言葉をよく使うようになった気がする。
今まで自分より若い人間が周りにいなかったとはいえ、こんなにも急に変わるものだろうか。
一気に老け込んだ気がして少し・・・イヤだ。
まだまだ二十代、年寄り扱いされないように仕事にも少しは力をいれなければ。
とは言うものの、今月の仕事は今のところゼロ。力を入れるとしたら、やはり宣伝なのだが、朝から直紀君に文句を言われたばかりだからな。
とりあえず、先月の仕事の資料の整理でもしておくことにする。
デスクに書類を並べると、直紀君の淹れてくれたコーヒーが置いてあった。
本人はすでに仕事を始めている。
仕事とはいっても、掃除などの雑用がメインなのだが。
直紀君がゴミを捨てに行こうとドアノブ手をかけようとすると、扉の方が突然開きだした。
高校生ぐらいだろうか。制服を着た少女がそこにたっている。
「あ、いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」
直紀君がソファーまで誘導する。
扉を後ろ手で閉めて、的確に鍵もかけているところは流石だと思う。
仕事にも慣れてきた証拠だろうか。
一方、女の子の方はソファーに座らされて、どうすればいいかわからないといった様子でそわそわしている。
そんな彼女をよそに、直紀君はお茶を用意したりお茶請けを用意したりと、完全迎撃体勢だ。
今月最初のお客ということで、僕よりも気合が入っているのかもしれない。
多分、給料が出るとわかったので内心テンションが上がっているというのもあるのだろう。
そんな彼の様子に苦笑しながら、僕は女の子の正面に腰をかけて、いきなり質問をぶつけてみた。
お客が来たときには必ずする、いわば儀式のようなものだ。
「さてお嬢さん、当事務所にどのような仕事をしているかはご存知ですか?」
質問どおり、これにはお客が事務所の実状を理解しているかどうかを知るためである。
もし知らないのであれば、対応の仕方も考えなければならない。
この女の子も、実状を知らずに、僕の配った広告を見てやってきたようだ。
「あの、駅前で配ってたチラシを見て。悩みがあったら相談に乗ってくれるって書いてあったので」
彼女の後ろでは直紀君が責めるような視線で僕を見ている。
本当に申し訳ない。
あのチラシを見て来てくれた以上、このまま追い返すわけにもいかない。
かといって、ここで相談に乗ってしまうと今後も同じようなお客の相談にも乗らないといけなくなってしまう。
悩みどころである。直紀君はアテに出来そうにないし。
自業自得でしょうといった顔をしている。
我関せずを決め込んでいるようだ。
しょうがないので、話だけでも聞いておくことにした。
机の下でレコーダーを作動させて、改めて質問を切り出す。
「それで、お嬢さんの悩みというのはどういったことなんですか?」
出来る限りやさしく、こちらの意思を読まれないように語り掛ける。
もっとも、この状態では彼女にそんな余裕はないとは思うが。
そんなことより、これ以上不安にさせないために笑顔を固定することの方が一苦労だ。
それほど時間も経っているわけでもないが、頬の筋肉が引きつってきた。
その様子を見て笑いをこらえている直紀君もイライラに拍車をかけている。
彼女はまだ口を開かない。
正直、これ以上はキツイ。
そんなことを知ってか知らずか、やっと女の子が口を開いた。
「あの、学校の成績が思わしくなくて・・・このままだと進学も危ないって言われたので。どうしようと思って」
さすがに、僕や直紀君もこれには絶句した。
いくら普通の悩み相談を想像していたとはいえ、ここまで普通すぎるとは思っても見なかった。
正直なところ、僕にはもう打つ手がない気がしている。
そのことを伝えて、帰ってもらおうと思ったが、それより前に直紀君が口を開いた。
「結局、君はどうしたいの? 普通に進学するなら勉強するしかないわけだけど。それとも、裏口のことも考えてる?」
なるほど、裏口入学か。
それならばウチの仕事の範疇に入るだろう。
今までも数人、裏口入学の手はずを整えたことはある。これならば断る必要もない。
しかし、彼女の返答は僕たちの期待していたものとは対極のものだった。
「あの、それも考えたんですけど、ウチの家計じゃ裏口に払うだけのお金は用意できないので。だから、勉強するしかないんですけど、行き詰ってしまって」
直紀君は彼女の後ろで両手を挙げて肩をすくめている。もはやお手上げということらしい。
その様子が、僕に一つの案を与えてくれた。
「ちょっと待ってて」
と声をかけて、後ろの棚にある資料に目を通す。
二人とも、豆鉄砲を食らったハトのような顔をしている。
もうどうしようもないだろうということは、二人とも感付いていたらしい。
それでも、何もそこまで驚くことはないと思うのだが。
目当ての人物の資料が見つかると、僕は成績の欄に目を通した。
高校時代の三年間の成績が模試も含めて全て書き込まれていた。
校内順位、平均12位。全国順位、平均42位。
全国でもトップクラスということだ。
高校生を教えるのであれば、申し分ない成績だろう。
これで僕の腹は決まった。
女の子の方に向き直って、一つ確認をする。
「君は、勉強して成績を上げる気はあるんだね?」
「はい、私がんばります」
弱弱しいが、それはたしかな決意。
「それじゃあ決まりだね。そこの彼、直紀君が君の家庭教師をしてくれるから」
二人ともしばし呆然。そして・・・
「本当ですか? 嬉しいです。私、がんばりますから」
先ほどまでの不安な表情を落として、今は満面の笑みを浮かべている。
希望の光が見えたことによって、肩にかかるプレッシャーが少しは軽くなったのだろう。
しかし、その一方では茫然自失とたたずんでいる家庭教師の姿があった。
完全に予想外の出来事だったのだろう。あまりのショックに真っ白になってしまっている。
だが、今はそれが好都合。文句を言われないうちに話を進めよう。
「それじゃあ、これが契約の内容と契約書ね。あとは一応、家の人と話しあってきて。書類は書き込んだらウチに持ってきてくれればいいから。予定とかもそのときに決めるから」
「わかりました。それじゃあ、今日はこれで失礼しますね」
期待に満ちた顔で、足取り軽く帰っていく少女。
彼女のため、そして事務所の評判のためにも直紀君には頑張ってもらわないといけない。
今は真っ白になって固まってしまっているが、そのうち落ち着くだろう。
契約さえ成立してしまえば、彼も文句は言ってこないはずだし。
「それじゃあ直紀君、今月最初のお仕事だから、がんばってね」
肩に手を置いてそういい残すと、僕も事務所を後にした。
こうして三者三様の思いを胸に都会の夜は更けていった。
後日、彼女は無事大学に合格したという知らせをうけた。
合格発表には直紀君も同行し、一緒に手を取り合って喜んでいたらしい。
そして、このことがきっかけで、ウチの事務所は大きく様変わりした。
彼女の合格から二年がたち、直紀君の評判が上がったためだ。
結果、家庭教師の依頼が殺到。家庭教師登録の依頼も殺到したため、ウチの事務所は家庭教師派遣会社として再スタートすることになった。
再スタートしてから三年、今では全国規模の大手になりあがった。
僕は、もう引退をして、会社は直紀君と彼女に任せている。
二人にはこれからも頑張ってほしいものだ。
めでたしめでたし。
「所長! 勝手に隠居気分に浸ってないで仕事してくださいよ。今月に入ってまたお客さん増えてるんですから」
fin